冷房がなくて蒸し暑い。特に用事もなく、授業後の教室でギターを弾いていた。別に校則違反じゃない。ここは我がフォークソング部の部室でもあるのだ。要するに専用の部室もなく、人数も少ない。今日だってこの教室には自分と後輩一人のたった二人しかいない。
しばらくすると先輩がきた。3年の香山かおり先輩だ。特徴はよく食べる。
「おはようー。チャオチャオー」
もう午後なのだが、先輩の挨拶はこうと決まっている。
「先輩何やってるんですか」
いきなり先輩が弁当箱を広げ始めたので一応きいてみる。
「お弁当。わたし食べるの遅いからお昼休み食べ終わらないんだよねー」
別に遅いわけではなく量がおおいだけだとおもうんだが。
「ねえ、そのギター食べていい?」
「駄目です。」
しかしやる事がない。先輩が部室の備品や部員の私物を食すところを見るのはそれなりに楽しい事ではあるのだが・・。
先輩は私物を食べる前には必ず所有者に訊ねる。そして何故か半数くらいの人間は自分の物を先輩に食べさせてしまう。
「ねえ、その教科書食べていい?」
先輩が訊ねる。
「・・どうぞ」
後輩が答える。
といった具合に。
そんな様子を見ていたが、さすがの先輩ももう満腹の御様子だ。
「暇ですねー」
観察対象が無くなった俺はついこんな台詞を言ってしまう。
「なんかこう、面白い事ないですかね。スリルがないとつまらないですよ」
すると部室にいた後輩が口を開いた。
「ああ、それなら・・・」
次の日の土曜日。先輩の家に行く事になった。なんでも香山先輩の家はスリルとサスペンスらしい。他の先輩もそういっていた。しかも先輩の家はかなりの豪邸。中には入った事はないが、とにかく広い。
門の前でカメラ付きのインターホンの呼び出しボタンを押すと、知らない人の声で中に入るように促された。玄関へ軽い散歩ができそうな路をとおる。そしてノックの返事を待ち、おそるおそるドアを開ける。
玄関を入ると案内板があった。
『←スリル →普通 ↓帰る』と書いてある。そして2枚の扉。
迷わず”スリル”の扉を選んだ。
扉を閉めるとロックされた。もう戻れないという訳か。壁には紙が貼ってあった。
『 ルール:3時間以内にここから抜け出してね。
罰ゲーム:わたしが食べる
(ヒント:絶対無理)』
それからがスリルとサスペンスであった。部屋には何もない。どうしようもない。時を待つだけしかできない。運命の時が来るまでそのスリルは続いた。過去が走馬灯のように流れた。俺の人生もここで終りか・・・・。
3時間後。扉が相手香山先輩が入ってきた。
「残念でした」
そしてニヤリと笑った。
「ぎゃああああああ」
俺は意識を失った。
月曜日の午後。教室兼部室。
様子をうかがいながら慎重に中に入る。香山先輩は既に中にいた。
「おはようー。チャオチャオー」
と俺のギターを食べていた。
「約束だからね」
ルールに書いてあった物の対象がギターで本当によかった。
「ねえ、そのカバン食べていい?」
「・・・どうぞ」
(了)
1998.11.01
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*誤字と送り仮名を一部修正。
これも昔書いた物ですが、どんな発想したらこうなるんだろ・・・。
非常に勇気ある行為です。<br>自分にはとても・・・。ガクブル
にょろ(´・ω・`)